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くすぶるキモチ。



エレベーターで耳を真っ赤に染めながら、小っ恥ずかしいことをしている彼をみてジャニオタに舞い戻ってきたのは2年前の話。

キイロの彼を好きになって2年目を迎えてマラソンを完走した気分になっている。

外部舞台で活躍する彼の姿を見ていないし、今までにない役柄を演じている彼の姿も見ていない。直接目を見て、好きです。応援しています。と言うのが密かな夢でもあった。

彼との不完全燃焼な夢(すごく一方的な夢だけど)が幾つもあるのに、炎が消えかけて煙が充満している。

しかし、同時に寂しいという感情が湧き出てきた。自分のおたくベクトルが急に別の方向を指し始めた。寂しいと思うのに、歯止めがきかない。ベクトルの方向を見ると、それはそれは楽しくて。でも…別の方向にいる彼を置いていくことは、私には出来ない。こんな事綴りながら、今も泣きそう。

嫌いになったわけでもないんだから、離れる必要がないのに。

と2年前の私が言ってるのが聞こえてくる。


一度思い悩んだこと( 揺蕩うキモチの終着点。 - 誰も触われない 二人だけの国 ) が、再発してしまったみたいだけど、やっぱり彼は私にとって掛け値なく魅力的だし これからの飛躍する姿も応援したいという気持ちに変わりはない。


でも、最近気づいたことがある。
今まで見てきて好きだと思った過去の彼を見て幸せに浸っているのだ。日々更新されていく、新しい彼も好きなのに変わりはない。どタイプなビジュアルだからずっと見てられる。可愛いしかっこいいし本当に敵わないなあと思う。気付けば、引き込まれるような表情をするようになったし、出来ないと悩んでいた「笑顔の演技」も、自然にできるようになったよね。新しい発見もたくさんある。それでも、私は新しいことを知るよりも少し遡って過去の彼に浸ってしまう。

それから、前までは「絞り込まないといけないのかな」と思っていたけど、今は「絞り込みたいな」って考えてる。無意識に。「担降り」以外の「掛け持ち」「担当制度放棄=DDになる」という選択肢で今までは迷っていたはずなのに。


こんな気持ちになるのは多分、多くの時間と熱量をかけて愛情を注いでいた自分と今の自分を比べてしまうからなんだと思う。今の自分なりの愛し方で愛していけば良いのかな。


自分のことを客観視すれば、100人中80人は、「担降り」という言葉が腑に落ちる状況なのだろうと思う。なのに、彼がドラマに出れば毎週楽しみでドキドキするし、映画に出るなら間違いなく劇場に駆けつけるし、舞台で舞うなら片時も目を離さずに見つめると思う。

くすぶ・る【×燻ぶる】[動ラ五(四)]1 物がよく燃えないで、煙ばかりを出す。「生木が―・る」「焼け跡が―・る」          

今の気持ちを表すと「くすぶる」という言葉が合うと思う。燃えきらずに残った未練と、立ち込める煙が苦しい。